「みんなやってるから」に感じる違和感、自分の事は自分の責任で

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みんなやってる

『みんなやっているからね。そうやってね。』

最近、とてもよく聞く言葉です。
どこで聞くのかと言うと・・・


 

すごく説得力のある言葉?『みんなやっている』

その場所は、職場。

職場内で上司が何か指示を出すときにいうのが
『みんなやっているからやってね』
と言うのです。
 
その内容は、本来の仕事とはあまり関係ないことが多いとはいえ
”それってどうなのかな、この職場それで大丈夫なの?”
と私は思ってしまいました。
 
『みんなやってるからやるんだ!』と言われた経験、誰にでもあると思います。
 
理由が『みんながやってる』って、よくよく考えるたらどこか違和感を感じませんか?
  
その場の空気と「みんなやってる」の言葉に惑わされないために。
安心感があるから最初のうちはありだけど、同時に自分自身の考えもしっかりと持っておいたほうが良いと感じています。
 
「みんな」の言葉の中に隠れてしまいがちだけど、自分の意思はここにあって自分のことは自分で決められるようになったら、不思議な変化が起こります。

『みんなやってる』を使うと理由がいらなくなる

そもそも「みんなやっているから」というのは、きちんとした理由になるのかどうか疑問です。
 
今日は飲まないぞ!と決めていても
『みんな飲んでいるから飲もう』
って言われたら、流されそうですよね(笑)
  
これが

『みんな暴れているから暴れよう』
だったらどうですか?
 
冷静であればそれはちょっとまずくないですか?となりますよね(多分)

ところが「みんなやってるから」にどっぷりつかっていると、その言葉に乗っかってしまう人も出てきます。
いじめに加担してまう子供は典型例では無いかと思います。
 
『みんなやってる』はとっても便利な言葉です。

私は明確な理由を示せないときに代わりに使う言葉が「みんな」ではないかと考えています。

「みんな」と言われると、多くの人(特に日本人)が自分もそうしないといけないような感覚になるので、明確な理由を説明するより相手を従わせやすくする言葉だと思います。

そう考えると、「みんな」って結構アブナイ言葉なのかもしれない!?と思えてきませんか?

そこで「みんな」という言葉の持つ意味の変化について考えてみます。

 

『みんな』って一体何人のこと?違和感の理由

子どもがまれに
『友達がみんな持っているからこのゲームソフト買ってよ~』
と言うことがあります。

ん?みんなって、誰とだれのことかな?

と、聞いてみると具体的な名前が出るときは、仲の良い友達2、3人。

聞いた側の感覚だと、みんな=クラス全員くらいのイメージなので、それはみんなとは言わないんじゃないかい?
となるのです。

私の場合
『ヨソはヨソ、ウチはウチ、だから私はそういうものは買わないよ。』と息子に言います。
(そして、諦めずにじいちゃんばあちゃんのところに行く孫)
 
 
「みんな」の定義は時と場合、人や状況によって便利に変わります。
 
本来、みんな【皆】の意味はそこに居る人全て・ そこに有る物全て、です。

だから本来は、3人だけだったら3人。
30人いたら30人のことを言うのですが、多くの場合は、その中でさらに独自のグループ分けをしているのだと思います。
 
先ほどの子どものおねだりは『仲良し3人組はみんなもってる』という括りになっていました。
 
 
話し相手にそのグループ分けを正確に伝えると、その分け方は一体何?って変に思われそうな場合に「みんな」と言う便利な言葉でモザイク掛けをしてぼやかしているのだと感じます。
 
みんな~、に違和感を感じるのは相手が何かをごまかそうとしていると言うことを感じ取っているからではないかと思います。
 
この時、違和感を感じたあなたの中には、なんだかはっきりしなくても、ちゃんと「自分」の考えも隠れているのです。
 
次は『みんな』を、なぜか正当化してしまう心理について考えてみました。
  
 

『みんながやってる』=正しいと思う心理

  
みんなと同じことをしていたら正しくて、みんなと違っていたら間違い。
その考え方が強い人ほど、『みんながやってる』をよく使うと思います。
 
みんなと同じでいると安心できる。
ちょっとでも違うと不安になって仲間外れにされたらどうしようと思う不安にもつながりやすいです。
 
エスカレートすると『赤信号、みんなで渡れば怖くない』状態に進むパターンです。

・赤信号でも進むことはできるけど、事故になるよ。
 
何故かそれがわからなくなるのです。 

本当は危険な行動も「みんなでやったら平気じゃん」と危険を感じにくくなり、そこまで行くと『それは危ないよ』と言っても『平気へいき』というようになります。
 
この感覚の人がたくさん集まった集団は、過激な行動に走ることもあります。
デモ隊が暴走するパターンですね。
 
本来、訴えたいことを個々がきちんと理解していて、個人の責任において集まった人の集団であれば、暴徒化することはないと思います。
 
それが、人数を増やしたいだけ、とか「みんなやってるから」参加した人が多いと
”これだけいれば何でもできる”
という気持ちが大きくなります。
 
「みんなやってるからこれは正しい。自分は悪くない」と自分自身の中には何の理由もなく行動を正当化してしまいがちです。
 
「みんなやってる」と言うのは、自分自身で責任を取りたくないときに責任の所在をあいまいにできる便利な言葉でもあります。

「みんながやっている」=正しい、と思うことは自分のことに自分で責任を持つことからの逃げの始まりかもしれません。

そこはやっぱり、自分のことには自分で責任を持ちたいよ!というあなたに
次は、そのために意図的に言葉を変えるときに気を付けてみようと言う内容をまとめてゆきます。

なるべく避けたい「みんな+動詞」

うっかりすると、使いがちな「みんな~してる」

・みんな持ってる
・みんなやっている
・みんな言ってる

「みんな」+動詞ってすごい威力だと思いませんか?

私は、できる限り使わないように心がけています。
みんな、を使わなくても、いくらでも表現できる言葉はほかにあります。

例えば、子どもが朝、家でうだうだしているときに
『早くゆきなよ、みんなもう行ったよ』と言うのは簡単です。

が、ここはあえて
『 7時20分だよ、出発の時間だよ』と具体的な時間で本人だけの行動としてつたえるようにしています。

「みんな」を使う時は、本当にその場にいる全員に話しかけるときや、その場にいない人全員を差すときくらいにしています。
「みんな、ありがとう!」とか

実は、その場にあるもの全部、とか全員の時って「みんな」って使わないと思うのですが
どうでしょう?

例えるなら、お店にケーキを買いに行って、ショーケースの残りが少なかったら
『ここにあるケーキみんなください』
よりも
『ここにあるケーキ全部ください』
と言うことの方が多いと思うのです。

ここで『みんなください』と言うという方は
もしかして普段『みんなやってるから』が口癖になっていませんか?
 

『みんなやってる』からの離れて、自分のことは自分で決めよう

みんなやってるというと、なんとなく安心感があるような気分になってきます。
みんなやってるだからやる。みんなと同じにしておけば安心。

もし、その感覚にちょっとでも違和感を持っているのなら
その違和感こそがあなた自身の考え方です、そこをもっと大切にしてほしいと思います。

日本人は、断ること=悪いこと、と言う感覚を持ってる人が多いように思いますが
これも「みんなやってる」心理から起こることです。

みんなやってるから自分だけ断るのは・・・
これってつまり
後でごちゃごちゃ変に言われたくない、という周囲の評価を気にしてのことで
半分は申し訳ない気持ち、半分は文句言われたくない気持ちの2つが重なっています。

自分で決めると、あれこれ言われて、イラッとしたり
何でそこまで言うんだ、と泣きたくなるようなことを言ってくる人もいます。

が、今は、そこは乗り越えるときと私は自分に言い聞かせています。
気にしない気にしないと。

そして、どうなってゆきたいかというと、やっぱり自立した自分になりたいと思っています。
 

『みんなやってる』ことからの自立

冒頭の職場の上司の発言に違和感を持つ私は
自分のことを本当に自分で決めて
その上で同じ目標に向かって仲間が集まっている集団のなかに自分も入りたい。
と思っています。

決定権はすべて自分、自立している人同士が集まった
助け合える仲間のいる集団で人間関係を築いてゆきたい
そう思えるようになること、はまず最初の一歩。

何でもかんでもみんなと同じ、このことにちょっとでも違和感を持つというあなたは
「みんなやってる」が理由になっていることを一つだけやめることをしてみたらどうでしょう。

最初はおっかなびっくりでも、徐々に自信がついてきます。
そして、「みんなやってる」に惑わされない人々が実は周りにいることに気づけます。

自分が自立した人の集団に入りたいと思ったら、自分で行くしかありません。
「みんなやってる」に惑わされない人々は、「みんなやってる」集団には近づかないからです。

怖さはあっても、最初の一歩を踏み出すかどうかで、人生まったく違うものになるはずです。

『みんなやってる』という言葉の持つ強制力から離れられたら、
『みんな』をもっと素敵な使い方の言葉にできると思います。

『みんなに喜んでもらえたらいいな』って思うことはとても素敵で心が暖かくなります。
で、実際に喜んでくれた人が、三人でも
自分で考えたやったことを喜んでもらえたら、それってすごいです。

「みんなやってる」からやる。よりも、
「みんなによろこんでほしい」から私はこれをする。

そんな風に思えるようになったら、毎日とても明るく暖かな気持ちで過ごしてゆけるようになると思います。
 
だけど、『みんなやってる』が大事な時もありますよ。
 
一人でいるのがこわい人には、まずはみんながいるから大丈夫。
という安心感も必要です。
 
『みんなやってる』を使えるようになるには、まずは自分の行動の責任を自分で取れるようになってから。
 
みんなと一緒にいるために、まずは自分を鍛えることがとっても大切だと私は感じました。

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